私家版 戦前入試問題で学ぶ英文解釈(番外41 難+)2021年6月16日 |
When he was turned around on the platform to face the witnesses, he seemed to clench his teeth and raise his head with the old arrogance. When asked whether he had any final message he said, 'God protect Germany,' in German, and then added, 'May I say something else?' by Kingsbury Smith 16 October 1946
(全訳)フォン・リッベントロップは表面的には最後まで平静を保った。彼は2人の看守に挟まれて処刑台に向かってしっかりした足取りで歩んできた。しかし、絞首台の下に立っている将校が形式的に氏名を尋ねたとき、初めは答えなかった。質問が繰り返されると、叫ぶように「ヨアヒム・フォン・リッベントロップ」と言った。そして、なんら躊躇のそぶりを見せずに階段を昇った。
絞首台上で立会人に面するように身体の向きを変えられたとき、彼は歯を食いしばり頭を上げていたが、それはいつもの傲岸不遜な態度のように見えた。最後に言い残すことがあるか聞かれると、ドイツ語で「神よドイツを守りたまえ」と言い、ついで「他にも言ってよいか」と尋ねた。
下線部を字面通りに直訳すると「彼はいつもの傲慢な態度で歯を食いしばり、頭を上げるように見えた」となります。ここで2つの疑問が生じるのです。
1つは「歯を食いしばり、頭を上げる」ではなく「歯を食いしばり、頭を上げている(ように見えた)」が正しいのではないか?つまりhe seemed to be clenching his teeth and raising his headのように進行形不定詞にしなければ事柄がおかしいのではないか?という疑問です。
もう1つは、「歯を食いしばり、頭を上げている」のは「どうも、そうらしく見える」不確定なことだったのだろうか?という疑問です。筆者は米報道陣の代表としてwitnesses(処刑立会人)の一員となり、絞首台(ないしはそれと同じ高さに作られた別の台)上に位置して、受刑者の顔を正面から見ているのです。Ribbentropが歯を食いしばり、頭を上げていることは、筆者にははっきり確認できたはずです。なぜhe clenched his teeth and raised his headあるいはhe was clenching his teeth and raising his headと言わず、わざわざhe seemed to clench …and raise …と言ったのでしょうか?
筆者は至近距離でRibbentropの顔を正面から見ていました。ですから「(Ribbentropが)歯を食いしばり、頭を上げている」のは筆者にははっきり見えていることであって「どうも、そうらしく見える」不確定なことではなかったのです。筆者にとって「どうも、そうらしく見える」不確定なことだったのは「いつもの傲慢な態度で」の部分です。つまり、seemedという動詞によって筆者が読者に伝えようとしている(=意味の上でseemedがつながっている)のはclench his teeth and raise his head(歯を食いしばり、頭を上げる)の部分ではなくてwith the old arrogance(いつもの傲慢な態度で)の部分なのです。
別の言い方をすれば、これは「前提と焦点」の問題の一類型です。clench his teeth and raise his headが「前提(Premise)」で、with the old arroganceが「焦点(Focus)」です(「前提と焦点」については拙著『英語リーディングの真実』(1997)p.91参照)。
「Pなのは(F以外の可能性ではなく)Fだ」という「前提(P)と焦点(F)の意味関係」にあてはめると「彼は歯を食いしばり、頭を上げていた。その行動は(必死で涙を抑えたり、平静さを装ったりしているのではなく)いつもの傲慢な態度である、ように見えた」となります。これで第2の疑問は解消しました。
それでは「事柄的にここは進行形不定詞でなければおかしい」という第1の疑問はどうでしょうか?これについて研究社の『英語基本動詞辞典』に次の記述があります。
S seem to do NB13 不定詞は通例know, hear, thinkなどの状態動詞がくる。動作動詞の場合には、完了形か、進行形にするか、あるいは助動詞または副詞句などを伴う。
そしてHe seems to learn Korean.とHe seems to lose it.を誤りとし、He seems to be learning Korean.とHe seems to have lost it.を正しいとしています。さらにShe seemed to speak with the bitterness of personal experience.を正しいとして「彼女はつらい個人的体験を交えて話しているようだった」という和訳を添えています。
to learnとto loseはto be learning, to have lostにしなければいけないのに、to speakはなぜ単純形不定詞のままでよいのでしょうか?
それはShe seemed to speak…の不定詞(=to speak with the bitterness of personal experience)は、speakという動詞部分ではなく、with the bitterness of personal experienceという副詞句に焦点が合っているからです。つまり「話している」ことは、話者には確定していること(=前提)であって「どうも、そうらしく見える」不確定なことではないのです。
「(話しているときに)つらい個人的体験を交えている」ことが「どうも、そうらしく見える」不確定なこと(=焦点)なのです。別の言い方をすれば、意味の上でseemedは、to speakではなく、with the bitterness of personal experienceにつながっているのです。このような場合には不定詞は動作動詞であっても進行形にしないで単純形不定詞で書くのです。
この例文を「前提(P)と焦点(F)の意味関係」にあてはめて訳すと「彼女は、話すときつらい個人的体験を交えているようだった」となります。
以上のような次第で本文はto clench his teeth and raise his headという単純形不定詞で書いているのです。この英文をseemedを使わずに書くと次のようになります(ただし原文の方が洗練された書き方です)。
When he was turned around on the platform to face the witnesses, he was clenching his teeth and raising his head, apparently with the old arrogance. (絞首台上で立会人に面するように身体の向きを変えられたとき、彼は歯を食いしばり頭を上げていたが、それはいつもの傲岸不遜な態度のように見えた)
he said, 'God protect Germany,' in German,のprotestは原形動詞です(現在形ならprotestsになります)。これは仮定法現在の祈願文の用法です。e.g. God bless the Queen!(神よ女王を禍から守り給え)この記事の全文はThe Execution of Nazi War Criminalsで検索するとWeb上で読めます。

私家版 戦前入試問題で学ぶ英文解釈(番外39 やや難)2021年5月31日 |
The nature of modern war is not a simple matter. It is subject to numerous modifications according to the character of the contending parties and of the various theatres of war. The fundamental principles of war certainly remain the same, wherever it is waged; but special conditions cause in each case special methods of employment of the fighting forces, and these latter, again, will frequently differ. 大正4年(1915)陸軍大学校 初審
(全訳)近代戦の性質は単純なる事柄にあらず。それは交戦国及び各種戦場の特質に応じ諸種なる変化に従うものなり。戦争の根本原則は、それが何処に行わるゝにせよ、なお従前と等しきは確かなれども、特別の状況は、各々の場合に応じ、戦闘兵力の使用に関し特別の方法を取らざるを得ざらしむ。而して、此の特別の方法もまたしばしば変化するものなり。
陸軍大学校(略称・陸大)は明治15年に設立された、帝国陸軍の最高学府です。本来は参謀将校を養成するための学校ですが、師団長、軍司令官として戦略兵団を指揮する高級将校は陸大出身者で占められ、陸大を出ていなければ将官への道はほとんど閉ざされていました。
受験できるのは少尉任官後に隊附(部隊勤務)を2年以上経験した少・中尉で、連隊長などの所属長の推薦が必要でした。約800名の受験者を筆記試験の初審で120人に絞り、口頭試問の再審で60人の合格者を決めました。初審は初級戦術・築城学・兵器学などの軍事学の他に語学、数学、歴史があり、語学は英仏獨支の4か国語から1つを選択しました。
陸大は語学将校の養成所ではありませんから初審の語学問題は、帝国大学の文科系学部の入試問題に比べるとずっと易しくなっています。一方軍事学・人物考査に関しては、再審の口頭試問において徹底的に絞り上げられ、試験中に卒倒した者もいたと言われています。昭和陸軍屈指の名将とされる今村均大将(第8方面軍司令官〔ラバウル〕)は中尉で陸大に入学、首席で卒業しましたが、再審のとき「悪いところが改善されない限り、貴官はこの学校の入学試験を受けることが許されない。退場!」と命じられ、呆然としていると「退場と言うのに、どうして退場しないのか!」と大喝され、真っ青になって、這う這うの体で退室したそうです。それでも結局、その年に合格したのですが、それから14年後、当時の試験官に尋ねたところ「あれは、人物を観察するために、君を試したのだ。君の場合は態度が特にみにくかったので、覚えている」と言われたそうです。
もっとも石原莞爾(関東軍作戦主任参謀で満州事変の首謀者)のような天才肌になると、陸大に行きたくないのに連隊長命令で無理やり受験させられ、まったく受験勉強をしないで試験に臨み、再審で「機関銃の最も有効な使用法は如何」と問われたのに対して、「飛行機に装備し、敵の行軍大縦隊に対しタタタタと銃射を浴びせることです」と答えて「ちょうど酔漢が歩きながら小便をするような具合に連続射撃します」と人を食った説明を加え、まだ飛行機が偵察くらいにしか使われていない過渡期の未発達の時期とて、その卓見に驚いた試験官が「飛行機のどこに装備するのか」と尋ねると、さすがにそれはわからなかったので「目下ドイツで研究中との記事が、ドイツの軍事雑誌に出ておりました」とハッタリをかまして、ゆうゆうと合格するような猛者もいました。
陸大卒業成績の上位六名には天皇から恩賜の軍刀が授与され、特に首席卒業者は卒業式において天皇の面前で御前講演を行う栄誉に浴しました。これら六名は軍刀組と呼ばれ、欧米留学、省部勤務(=陸軍省、参謀本部、教育総監部に勤務すること)、大使館付武官、陸大兵学教官、名門連隊の連隊長、一級師団の参謀長、軍高級参謀などを歴任して、ものすごいスピードで将官に駆け上がっていきました。
本問は大正4年の陸大初審英語學の問題です。この年に入学し、大正7年に卒業した第30期生60名の中で有名な人を挙げると阿南惟幾(陸士18期・陸軍大臣・大将・自決)石原莞爾(次席卒業・陸士21期・第16師団長・中将)樋口季一郎(陸士21期・第5方面軍司令官・中将)鈴木率道(首席卒業・陸士22期・第2航空軍司令官・中将)田辺盛武(陸士22期・第25軍司令官・中将・スマトラ島メダンで刑死)等の諸将がいます。ここに名前を挙げた人たちは全員が陸軍幼年学校の出身者で、幼年学校では独語・仏語・露語を教えて、英語は教えなかったので、本問ではなく独語學・仏語學・露語學の問題のどれかを選択したと思われます。
the contending partiesのcontendingは「①の現在分詞形容詞用法」で「争いつつある」という進行中の意味を表しています。partiesはcontendingの意味上の主語です(=「partiesがcontendしつつある」という関係です)。争いあるいは合意の主体となるparties(=the parties to a conflict or agreement)は通常は意思決定権を持っている主体(=the bodies with decision-making power)を指します。戦争において最終的な意思決定権を持っているのは政府です。したがって、本問のpartiesは戦闘集団(=戦闘部隊)ではなくて国家を指しています。the contending partiesは「交戦中の国家=交戦当事国」です。theatreには「活動の舞台、現場」という意味があります。the theatre of warは「戦場」という決まり文句です。
whereverは複合関係副詞で、後ろに完全な文(=主語、動詞の目的語、前置詞の目的語、補語の点で、必要な要素がすべてそろった文)を伴って副詞節または名詞節を作ります(名詞節は極めて少ないです)。wherever S+Vは副詞節のとき「SがVするところはどこでも」と「どこでSがVしようとも」の2通りの訳し方があり、どちらか文脈に適合する方を選びます。本問のwherever it is wagedは「どこでそれが行われようとも」と訳す「譲歩の副詞節」です。
the fighting forcesのfightingは「戦闘」という意味の名詞で、ここは名詞と名詞を組み合わせて「戦闘力、兵力」という意味の1つの名詞にしています。sleeping(睡眠)とcar(車)を組み合わせてsleeping car(寝台車)という1つの名詞にするのと同じです。
and these latter(そして、これら後者)と言う以上は筆者の頭の中にはthe formerないしthese former(これら前者)があります。それはandの前の文構造から考えてspecial conditionsしかありえません。these latterが指すものは複数名詞ですからspecial methodsかthe fighting forcesのどちらかです。
主語のspecial conditionsが前者で、それに対して後者と言うのであれば、目的語のspecial methodsと取るのが自然な考え方です。conditonsとmethodsのそれぞれに同じ形容詞(=special)がかかっていることも、この判断を補強します(the fighting forcesはspecial methodsの後に続く2つの前置詞句の、後の方の前置詞句の中の語ですから、special conditionsから遠すぎます)。
内容的にも「特別の状況は、特別の方法を取ることを余儀なくさせ、その特別の方法もまた変化するものだ」という論旨で筋が通ります。
againは「再び、再度」という意味ではなく「さらにまた、その上に」という意味です。will frequently differのwillは「習性のwill」です(「~するものだ」と訳します)。

私家版 戦前入試問題で学ぶ英文解釈(番外38 易)2021年5月21日 |
(全訳)日本は国外紛争への不介入という理念に依然として強いこだわりをもっており、世論は、兵力の海外派遣に賛成するまったく悪意のない議論に対してさえ警戒心を抱く。結局のところ、邦人保護は帝国陸軍が1931年に中国を侵略するために使った1つの口実だったのだ。
S is deeply attached to …(Sは…に深い愛着をもっている)のisがremainsに変わっています。the ideal of …のofは「同格のof」で「…という理想」という意味です。best-intentionedはwell-intentioned(善意の)の最上級です。arguments for …は「…に賛成する主張、議論」です。overseasは「海外へ」という意味の副詞で、末尾のsはいわゆる「副詞的属格のs」です(e.g. always, nowadays, besides, sometimes, backwards, unawares, etc.)。
after allは次の2つの意味があります。
1. 理由はいろいろあるが、その中で決定的な理由は
2. 他の選択肢もいろいろ試してみたが、最終的には
たとえば、次は1.の例です。
Japan adopted the policy of advancing southwards even at the risk of war. Southeast Asia,after all,was rich in oil.
日本は、戦争の危険を冒すことになったが、それでも南進政策をとった。結局、東南アジアは石油が豊富だったのだ。
次は2.の例です。
I’m sorry I can’t attend the meeting after all.
申し訳ないのですが、結局その会合には出席できません。
1.の場合はafter allを含んだ文は理由を表しています。2.の場合はafter allを含んだ文は結論を述べています。本問のafter allは1.の方の意味です(したがってRescuing Japanese nationals, …は前文に対する理由を述べています)。
Rescuingは動名詞でwasの主語です。「文頭のing形がなぜ動名詞で主語とわかるのか?」という質問を受けることがあります。私の考えはこうです。
(疑問)なぜ動名詞とわかるのか?
(答え)ing形の可能性は「進行形・動名詞・現在分詞形容詞用法・分詞構文」です。動名詞以外の3つでは構造的または意味的に成立しないからです。
(疑問)それではピリオドまで見ないとわからないではないか?
(答え)4つの中で最も可能性が高いものを(ほぼ無意識に)選び、それでうまくいくだろうと予想して読んでいるのです。予想通り、最後まで破綻せずに読めたら、それが正解です。もし、途中でうまくいかなくなったら、その選択は間違いだったので、他の可能性を選び直す。それだけのことです。要するに、最初から確定的に動名詞だとわかる方法を求めていないのです(そういう方法はないと思いますし)。
(疑問)どうすれば予想が上手くなるか?
(答え)別に上手くならなくてもよいではありませんか。どうせ4つのどれかなのですから、予想が外れれば、他のを選べばよいだけのことです。大事なことは「ing形の4つの可能性」を骨の髄まで叩き込んでおいて、いつでもその中で考えられるということです。本問の場合、動名詞を予想して、wasが目に入ったとき「やっぱり」と思いますが、その後に続く名詞によっては「あれっ、進行形の倒置だった」ということだっていくらでもあります。「ing形の4つの可能性」をガチガチの枠にして、その中でフレキシブルに考えるということです。
one excuseとthe imperial Armyの間にはusedの目的語になる関係代名詞のwhichが省略されています。used toを「昔よく…したものだ、昔は…だった」という意味を表す助動詞と読んではいけません。こう読むとthe imperial Army used to invade China in 1931は「S 助動詞 ③ O 副詞句」という完全な文(=主語、動詞の目的語、前置詞の目的語、補語の点で、必要な要素がすべてそろった文)になるので、one excuseとthe imperial Armyの間に関係代名詞が省略されていると読むことができず、したがってthe imperial Army used to invade China in 1931を形容詞節にしてone excuseにかけることができなくなってしまいます。本問のused to invadeは「③+不定詞副詞用法」で「侵略するために使った」という意味です。

私家版 戦前入試問題で学ぶ英文解釈(番外34難)2021年5月12日 |
(『平民之福音』原文)三十三歳の御時、甘んじて悪漢共の手にかゝり、十字架の上に死んで、世界中の罪人の、身代となって下されたことであります。「夫れ義人の為に死る者殆んど希なり。仁者の為には死ることを厭はざる者もやあらん。然れども基督は我儕の尚罪人たる時、我儕の為に死給へり。神は之に由て其愛を彰し給ふと。實に神様の御愛心の深いことは、私し共を救ふ為に、其御獨子を此世に降し給ふた一事を見て、最も明らかに知らるゝことであります。
(『口語訳新約聖書』日本聖書協会1954、最終校正日は2015/10/10)正しい人のために死ぬ者は、ほとんどいないであろう。善人のためには、進んで死ぬ者もあるいはいるであろう。 しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである。
文頭に否定の意味の副詞(この場合はvery rarely)が出ているので、will anyone dieという疑問文と同じ語順の倒置形になっています。willは「習性のwill」です。a righteous man(義人)は「正しい行いをする人」です。a good man(善人)は「他者を助ける行いをする人(=情け深い人)」です。助けられた人からすれば「恩人」です。dare to Vは「あえてVする、Vする勇気がある」です。demonstrates(示す)は「有意志」にも「無意志」にも解釈できます。「有意志」にすると「神様は独り子イエスを人間のために死なせることによって、自らの人間への愛を意図的にお示しになっているのだ」という意味になります。「無意志」にすると「神様には示すというつもりはなかったのだが、そこにご自身の愛が自ずと現れているのだ」という意味になります。キリスト教の教義は「有意志」と捉えています。in thisのthisはコロンの後を指しています。in thisは「以下の中に」という意味です。
さて、この英文がわかりにくいのは次の2つの理由です。
- Butの前後に共通の語がない(前はa righteous manとa good man、後はGod とsinners とChristで、ダブっていない)ので、逆接の論理関係をつかみにくい(=なぜ「しかし」なのかわからない)。
- Butが意味の上で直前と直後をつないでいるのではない(Butは直前のfor a good man someone might possibly dare to dieと直後のGod demonstrates his own love for us in thisをつないでいるのではなく、Very rarely will anyone die for a righteous manとWhile we were still sinners, Christ died for usをつないでいる)ので、「直前 しかし 直後」という見方から抜け出せないと逆接の論理関係がつかめない(=なぜ「しかし」なのかわからない)。
Butを前文と直後のGod demonstrates his own love for us in thisをつないでいると捉えると「義人のために、人が自分の命を捧げることは極めて稀である。もっとも、善人のためなら、もしかするとあえて死ぬ人がいるかもしれない。しかし、神は次のことの中で人間に対するご自身の愛をお示しになっている」となります。これではまったく逆接になっておらず、意味が通りません。
Butは前文(その中で特にVery rarely will anyone die for a righteous manの部分)とWhile we were still sinners, Christ died for usをつないでいるのです。論理関係を補って、構造通りに訳す(=though節→主節の順番で訳す)と次のようになります。
a good man〔善人=他者を助ける行いをする人〕のためなら、死んでもよいという人も、もしかしたらいるかもしれないが、(同じく立派な人であっても)a righteous man〔義人=正しい行いをする人〕のためとなると、人が自分の命を捧げることは極めて稀である。(ましていわんや、義人とは正反対のsinners〔罪人〕のために進んで死ぬなどという人は絶無と言ってよい。)しかし、キリストは(そういう、義人とは正反対で、だれもその人の為に死ぬ人などいない)罪人のために死なれたのだ。
語順のままに前から訳す(=主節→though節の順番で訳す)と次のようになります。
(たとえ)a righteous man〔義人〕のため(であっても)人が自分の命を捧げることは極めて稀である。もっとも、a good man〔善人〕のためなら、もしかするとあえて死ぬ人がいるかもしれない(が、やはり数は少ない)。(それくらいだから、義人とは正反対のsinners〔罪人〕のために死ぬ人などいるわけがない。)しかし、キリストは(そういう、義人とは正反対で、だれもその人の為に死ぬ人などいない)罪人のために死なれたのだ。
パウロ(Romans『ローマ人への手紙』は新約聖書中の一書で、使徒パウロによって書かれたとされています)は先に「Butの前の文」を言うことによって「キリストの死がいかに普通ではありえない、大変なことか」を印象付けようとしたのです。
印象付けるためなら、sinnersの正反対はa righteous manですから、Very rarely will anyone die for a righteous manとだけ言えばよい(forの前にevenをつけて「たとえa righteous man(義人=正しい行いをする人)のためであっても、人が自分の命を捧げることは極めて稀である」と言えばさらによい)のですが、こう言うと「いや、義人のためならそうかもしれないが、自分を助ける行いをしてくれた善人(=恩人)のためなら自分の命を捧げるのは必ずしもvery rarelyではない」と反論する人が出てくるので、そういう人に配慮してthough for a good man someone might possibly dare to die(もっとも、a good man〔善人=他者を助ける行いをする人〕のためなら、もしかするとあえて死ぬ人がいるかもしれないが)を付け加えたのです。
したがって、Butの前の部分の眼目はVery rarely will anyone die for a righteous manにあります。そして、それを受けて直ちにBut while we were still sinners, Christ died for us(しかし、キリストは、我々がまだ罪人である間に、我々のために死なれたのだ)と言えばよいのに、Butの直後にGod demonstrates his own love for us in this(神は以下のことで我々に対する愛を示されたのである)を入れたために、余計「逆接の論理関係(=Butが何と何をつないでいるのか)」がわかりにくくなっているのです。
「こんなのは悪文だ。英文が悪いんだから、はっきりわからなくて当然だ」と言う人がいます。決してそうではありません。英文ではこの程度の論理の飛躍はごく普通にあります。英文のせいにせず、自分の頭で事柄と論理関係を考える力を磨かなければ、早晩読解力の伸長は頭打ちになります。英文構造がわかるようになった人は、語彙力増強と並んで、「事柄」と「論理関係」と「イイタイコト」の正確な把握を次の目標として意識してほしいと思います。なお、この3つを徹底的に追究したのが拙著『ミル「自由論」原書精読Ⅰ、Ⅱ』です。関心のある方はご覧になってください。

私家版 戦前入試問題で学ぶ英文解釈(番外26 難)2021年4月6日 |
Penelope Leach. Your Baby & Child: From Birth to Age Five. 1989
(全訳)赤ん坊は何か欲しいときに泣く。そして、あなたは、自分の赤ん坊が普段からそうだということを知っているのだから、特別な場合でないかぎり、泣いていない赤ん坊は何も必要としていないと考えてよい。赤ん坊は、重い病気にかかったり、ひどい悪寒におそわれたり、息が詰まっているような場合でないかぎり、苦しいのに黙ったままでいることはないのだ。
and以下は「it is ~ that …の強調構文」で、because you know that yours will do soがIt is とthatではさまれています。yoursは所有代名詞で、中身はyour babyです。willは「習性のwill」です。do soはcry when they need somethingを指しています。under all normal circumstancesは「すべての普通の状況下では→特別な場合でないかぎり」という意味です。
you know thatは不要でit is because yours will do so that …と言えばよいのではないか?と思う人がいます。この英文は「うちの赤ちゃん、泣いてないけど、どこか具合が悪いんじゃないかしら」と心配している母親に対して「赤ちゃんが普段から…だということを知っているでしょう?だから、あなたは心配しなくていいんですよ」とイイタイのです。ですからyou know thatと言っているのです。
It would take serious illness, severe chilling, or smothering, to make a baby suffer in silence. のtakeはneedという意味です。suffer in silence(沈黙状態で苦しむ)は「苦しいのに泣かない」ということです。直訳すると「赤ん坊を沈黙状態で苦しませることは、重い病気やひどい悪寒や窒息を必要とするだろう」となります。これは「赤ん坊は重い病気にかかったり、ひどい悪寒におそわれたり、息がつまったりしていない限り泣かないで苦しむことはない→赤ん坊は重い病気にかかったり、ひどい悪寒におそわれたり、息がつまったりしているときは別だが、それ以外は、苦しければ泣く」ということです。この言い換えがスムーズにいかない人は「お金を払わないで宿泊することは会員であることを必要とする→会員でない限り、お金を払わないで宿泊することはできない→会員であれば別だが、それ以外は、宿泊したければお金を払わなければならない」を考えてください。
出典のタイトルからもわかるように、この文章(さらに言うなら、この本全体)は「今赤ちゃんを育てている母親」に向けて書かれているのです。問題文の部分は「泣いているわけではないが、かといって機嫌よく笑っているわけでもない。うちの赤ちゃん、どこか具合が悪いんじゃないかしら?」と心配する母親に向けて書かれているのです(←タイトルを見て、問題文を読んだだけで、これがわかるのが読解力です)。この第2文は「赤ん坊は重い病気にかかったり、ひどい悪寒におそわれたり、息がつまったりしているときは別だが、それ以外は、苦しければ泣く(だから、普通は、泣いていないのであれば、心配しなくていいんですよ)」とイイタイのです。
かつて、この英文が予備校のテキストに採用されて、全訳が販売されていたことがあります。そのときの和訳は「赤ん坊は、重い病気にかかったり、ひどい悪寒におそわれたり、窒息していないかぎり、黙り込んだままでいることはないだろう」でした。「黙り込んだままでいることはない」というのは「声を出している(この文脈では「泣いている」)」ということですから、この和訳だと「赤ん坊は、重い病気にかかったり、ひどい悪寒におそわれたり、窒息しているときは黙り込んだままでいるが、それ以外の普通の状態のときは声を出している(=泣いている)」という内容になります。これでは健康な赤ん坊はいつも声を出している(=泣いている)ことになり、Babies cry when they need something(赤ん坊は何か欲しいときに泣く)と整合しません。
なおwould takeは仮定法過去の帰結節の形で、仮定はto make …に隠れています。あえてif節で書くならit would take serious illness, severe chilling, or smothering, if you wanted to make a baby suffer in silence(もし赤ん坊を黙ったまま苦しませたいなら、重病や激しい悪寒や窒息を必要とするだろう)のようになります。

私家版 戦前入試問題で学ぶ英文解釈(番外18 難)2021年2月28日 |
(和訳)彼は、最近の疲労感、発熱、激しい頭痛が、それの本体であると自分や医師たちが怖れているもの、すなわち後天性免疫不全症候群AIDSであるかどうかを決定する検査の結果を待っている。
He and his doctors fear that it is X.(彼と医師たちは、それがXであることを怖れている)という英文で、Xを関係代名詞に変えて先頭に動かし、従属接続詞のthatを省略するとwhich he and his doctors fear it isという形容詞節になります。これをXの後に置けばXを修飾できます。X which he and his doctors fear it isとなります。これは、直訳すると「彼と医師たちが、それが、であることを怖れているX」となりますが、これでは意味不明です。「彼と医師たちは、それがXであることを怖れている、そのX」くらいにするしかないでしょう。
さて、ここで、先行詞のXと関係代名詞のwhichを合成して関係代名詞のwhatにするとwhat he and his doctors fear it isという名詞節になります。これも直訳すると「彼と医師たちが、それが、であることを怖れているもの」となって意味不明です。そこで、内容がわかるように意訳する必要があります。これについては(番外7)で勉強しました。以下に再説します。
関係代名詞のwhatは通常「こと、もの」と訳します。what he saidなら「彼が言ったこと」です。ところが、関係代名詞のwhatが節内でbe動詞の補語になっているときは「こと、もの」では訳せません。たとえばwhat he isを「彼がであること、彼がであるもの」と訳したのでは意味不明です。このような場合、すなわち関係代名詞のwhatが節内でbe動詞の補語になっている場合はwhatを「姿」と訳して切り抜けます。
what he isなら「彼の現在の姿」とか「彼のありのままの姿(or本当の姿or現実の姿)」といった具合です。これにはいろいろなvariationsがあります。少し紹介するとwhat S used to beは「Sの昔の姿」what S appear to beは「Sの見かけの姿、Sの外見」what S pretend to beは「Sの見せかけの姿」what S ought to beは「Sのあるべき姿、Sの理想の姿」what S would be if …は「…と仮定した場合のSの姿」etc.です。
(番外7)の英文はScientists have … revealed the malignant cell for what it is:…で、これを「科学者は悪性細胞を、それのありのままの姿として明るみに出した→科学者は悪性細胞の本体を明るみに出した」と和訳しました。
本問のwhat … it isは、itがhis recent exhaustion, bouts of fever and severe headachesという忌まわしい症状を引き起こす病気を指していて「それの本当の姿」と捉えるのが適切です。
次にhe and his doctors fearの部分ですが、これは挿入ではありません(挿入なら前後をコンマでくくります)。これは(本編28) で勉強した関係詞連鎖です。以下に再説します。
「関係詞が作る従属節の内側に、もう一つ別の従属節があり、関係詞がその別の従属節の内側で働く現象」を関係詞連鎖と言います。(本編28)の英文は … the mountain-range which it was probable I should cross to-day.で、これを「私が今日越えるであろうことがきわめてありそうな山並み→多分今日越えることになるであろう山並み」と和訳しました。
本問は、関係代名詞whatが作る名詞節の内側に、従属接続詞thatが作る名詞節があり(この名詞節はfearの目的語で、従属接続詞thatは省略されています)、関係代名詞whatはそのthat節の中で働いています(isの補語になっています)。
本問のwhat … it isは、itがhis recent exhaustion, bouts of fever and severe headachesという忌まわしい症状を引き起こす病気を指していて「それの本当の姿」と捉えるのが適切です。
次にhe and his doctors fearの部分ですが、これは挿入ではありません(挿入なら前後をコンマでくくります)。これは(本編28) で勉強した関係詞連鎖です。以下に再説します。
「関係詞が作る従属節の内側に、もう一つ別の従属節があり、関係詞がその別の従属節の内側で働く現象」を関係詞連鎖と言います。(本編28)の英文は … the mountain-range which it was probable I should cross to-day.で、これを「私が今日越えるであろうことがきわめてありそうな山並み→多分今日越えることになるであろう山並み」と和訳しました。そこでwhat … it isがfearの目的語になるように和訳すると「それの、彼と医師たちが怖れている本当の姿」となります。これでもよいのですが、関係代名詞whatを「姿」と「もの」の2回訳すことにして「それの本当の姿であると、彼と医師たちが怖れているもの」とすると、よりわかりやすくなります。
acquiredは過去分詞形容詞用法で「獲得された→後天性の」、immunoは「免疫の」という意味の接頭辞、deficiencyは「欠如、欠乏」という意味の名詞、syndromeは「症候群」です。acquired immunodeficiency syndromeは「後天性免疫不全症候群」で、これの略称がAIDSです。次のorは「言い換えのor」で「すなわち」という意味です。ちなみにAIDSの病原体はHIVと呼ばれます。これはhuman immunodeficiency virus(ヒト免疫不全ウィルス)の略称です。

hisはrecent exhaustion, bouts of fever and severe headachesのすべてにかかっています。また、上の構造図解ではwhatがコロンの後で働いているように矢印が引いてありますが、正確にはisとコロンの間で働いています。
私家版 戦前入試問題で学ぶ英文解釈(番外7 やや難)2021年1月15日 |
(和訳)科学者はガンの謎をあばき、悪性細胞の本体を明るみに出した。それは、生まれつきの悪党ではなく、普通の仕組みが非常に特異なそして可能性としては修復できる形態で壊れたものなのだ。
「前置詞のfor」は「前置詞のas」と同じ意味(~として)を表すことがあります。そして、この意味を表す場合は「前置詞の目的語」に名詞だけでなく形容詞も置くことができます。たとえばHe passes for rich.(彼は金持ちとして通っている)とかHe was left for dead.(彼は死んでいるとして置き去りにされた)のような文です。richもdeadも形容詞ですが「前置詞forの目的語」になっています。
We took it for granted that he would come.(我々は彼が来るのは当然だと思った)で使われているtake it for granted that S+Vもこの形です。「~として」という意味の前置詞forの目的語にgranted(認められている)という過去分詞形容詞用法が入っています。「我々は彼が来ることを認められているとして受け取った」が直訳です。本文のforはこの意味の前置詞でrevealed the malignant cell for …は「悪性な細胞を…として明るみに出した」という意味です。
関係代名詞のwhatは通常「こと、もの」と訳します。what he saidなら「彼が言ったこと」です。ところが、関係代名詞のwhatが節内でbe動詞の補語になっているときは「こと、もの」では訳せません。たとえばwhat he isを「彼がであること、彼がであるもの」と訳したのでは意味不明です。このような場合、すなわち関係代名詞のwhatが節内でbe動詞の補語になっている場合はwhatを「姿」と訳して切り抜けます。
what he isなら「彼の現在の姿」とか「彼のありのままの姿(or本当の姿or現実の姿)」といった具合です。これにはいろいろなvariationsがあります。少し紹介するとwhat S used to beは「Sの昔の姿」what S appear to beは「Sの見かけの姿、Sの外見」what S pretend to be「Sの見せかけの姿」what S ought to beは「Sのあるべき姿、Sの理想の姿」what S would be if …「…と仮定した場合のSの姿」etc.です。
本問のwhat it isは、itがthe malignant cellを指していて、「それの本当の姿」と捉えるのが適切です。するとrevealed the malignant cell for what it isは「悪性な細胞を、それの本当の姿として明るみに出した→悪性細胞の本体を明るみに出した」という意味になります。
コロンの後ろはnot A but B(AではなくてB)で、AとBはどちらもwhat it isを言い換えたものです(したがって、AとBの構造上の働きは「同格」です)。thatはhas brokenの主語になっている関係代名詞でthat … waysは形容詞節でan ordinary machineにかかっています。
in very specific, and potentially reparable, waysは共通関係です。次のように図示するとひし形になるので「ひし形の共通関係」と呼んでいます(私が勝手に呼んでいるだけです)。

ひし形の共通関係は「頭と尻尾が共通で、胴体が2つに分かれ、胴体を等位接続詞でつなぐ」という形です。本問で言うと、inが共通の頭、waysが共通の尻尾、very specificとpotentially reparableが2つの胴体でandでつながれています。ひし形の共通関係は「等位接続詞の前」と「共通の尻尾の前」にコンマを置くのが通常の書き方で、本問もそうなっています。

私家版 戦前入試問題で学ぶ英文解釈(番外13 やや難)2021年2月2日 |
Now I want you to remember that no bastard ever won a war by dying for his country. He won it by making the other poor dumb bastard die for his country. ― General George S. Patton(1944)
(全訳)いいか貴様たち、覚えておけ。かつて祖国の為に死ぬことで戦(いくさ)に勝ったクズ野郎などいなかった。クズ野郎は、他の貧相で間抜けなクズ野郎を祖国の為に死なせてやる事によって戦(いくさ)に勝ったのだ。 陸軍大将 ジョージ・S・パットン
1944年1月英本土に駐留する米第3軍司令官に、猛将として味方にも恐れられるジョージ・S・パットン中将が着任しました。パットンは、近くヨーロッパ戦線に派遣されることになる部下将兵の士気を鼓舞するため、隷下の各部隊を回って複数回の演説を行います。これが有名なPatton's Speech to the Third Army(第3軍に対するパットン演説)です。
ヨーロッパ戦線におけるパットンを描いた1970年の大作映画 PATTON(邦題『パットン大戦車軍団』)の冒頭のシーン。巨大な星条旗を背景に演壇が映っています。講堂内はガヤガヤとした人声。A-huh! (Attention!) の鋭い号令がかかり、一瞬にして静寂が支配します。そこにカツ、カツ、カツとかすかに長靴(ちょうか)の音を響かせながらジョージ・C・スコット演じるパットン将軍が登壇してきます。銀色の4つ星がきらめくピカピカの黒のヘルメットをかぶり、陸軍大将の正装で、腰のホルスターには白い象牙の握りをつけた特注のS&W 38口径マグナム拳銃をぶちこみ、左手には黒革の手袋と乗馬鞭を握っています。演壇中央にすっくと立った将軍が不動の姿勢をとり敬礼すると同時に喨々と鳴り渡る軍隊喇叭の響き。将官栄誉礼冠譜の吹奏です。
それが終わると、パットンがBe Seated!(着席)と号令をかけ、おもむろに演説を始めます。その最初の言葉が本問の英文です。
構文は極めて単純で、特に解説を要する部分はありません。
Nowは副詞ですが、注意を促すために命令や忠告などに感嘆詞的につける用法です。e.g. Now, listen to me.(いいか、私の言うことを聞け)
basterdは本来は「非嫡出子」という意味ですが「ろくでなし」とか「クズ野郎」という下品な言葉です。陸軍大将ともあろう高級軍人が、このような下品な言葉を使い、しかも敵兵をこう呼ぶならまだしも、自国の兵士をもbasterdと呼んでいるわけで、上級司令部やペンタゴン(米国防総省)では問題視する向きもありましたが、いわゆる兵隊言葉を雲の上の人である軍司令官閣下が平気で使うのが受けて、演説を聞いた下士官・兵たちの士気は大いに上がったそうです。
パットンは、言葉こそ汚い語を意図的に使いましたが、レトリックは本問の英文にも表れているように洗練された巧みなもので、歴史家の中にはパットンの演説をシェイクスピアの史劇The Life of Henry the Fifth(『ヘンリー五世』)第4幕第3場におけるSt Crispin’s Day Speech(『聖クリスピンの祭日』演説)に匹敵するwartime speech(戦時演説)と評価する人もいます。パットンは演説を次の言葉で締めくくっています。
All right, you sons of bitches. You know how I feel. I'll be proud to lead you wonderful guys in battle anytime, anywhere. That's all.
よし、クソッタレども。俺の気持ちはわかったな。俺は、いつでも、どこでも、貴様たちのような素晴らしい男を率いて戦うことを誇りに思う。以上だ。
演説の全文はWikipediaで読むことができます。原文は「George S. Patton's speech to the Third Army」で、和訳は「第3軍に対するパットンの演説」です。
『パットン大戦車軍団』劇場公開版の字幕は本問の英文を次のように訳しています。
「臆病者が祖国の勝利のために命を捧げた ためしはない バカ正直な戦友を死なせて勝利を握るだけだ」
これでは全くの誤訳です。the other poor dumb bastardが敵兵であることをわかっていません。
YouTubeにはTVから録画した映像に自分で字幕をつけた方がいて、その字幕は以下のようです。
「忘れるな 国のために命を捨てても 戦争には勝てん 勝つには 敵兵に国のため命を捨てさせるのだ」
上手な字幕ですね。原文の趣旨が一読でわかります。
最初に出した私の和訳は以下です。
「いいか貴様たち、覚えておけ。かつて祖国の為に死ぬことで戦に勝ったクズ野郎などいなかった。クズ野郎は、他の貧相で間抜けなクズ野郎を祖国の為に死なせてやる事によって戦に勝ったのだ。」

Doris Dayが歌ったQue Sera, Seraのrefrain 2024年9月21日 |
Whatever is, is right.
Whatever will be, will be.
Whatever is, is right.は、岩波文庫『人間論』の上田勤訳は「すべてあるものは正しいのだ」です。F.o.R.で直訳すると「存在するものは何でも、正しい」です。
Que Sera, Sera / Whatever will be, will be / The future’s not ours to seeは日本語の歌詞では「ケ・セラ・セラ / なるようになるわ/ 先のことなどわからない」です。
F.o.R.で直訳すると「ケ・セラ・セラ / 存在するであろうことは何でも、存在するであろう / 未来は、我々の知る対象となるものではない」です。
1935年(昭和10年)発行の研究社英米文學評傳叢書19『ポウプ』(酒井善孝著)はWhatever is, is right.を「現にしかある以上は正しきが故しかあるなり」と訳しています。随分思い切った意訳をしたものですが、意訳のし過ぎ云々の前に、そもそもこれではこの英文の内容を的確に伝えていません。この英文は「存在するものは何でも、正しい」「すべてあるものは正しいのだ」という文字通りの意味です。人間の小賢しい「正誤の価値判断」を排して、「神の不可謬性」を信頼するように言っているのです。
[whatever (S)+V]という名詞節は「(Sが)Vする何でも」が最もシンプルな和訳で、これでいいのですが、「(Sが)Vすること・ものは何でも」とすると、多くの場合、前後とのつながりがより滑らかになります。かといって、これは「こと・ものは」を挟んだだけで、意訳と呼ぶほどのものではないので、「最もシンプルな和訳」を「厳密な直訳」、「こと・ものは」を挟んだ和訳を「滑らかにした直訳」と呼んで区別しています(あまり良いネーミングではないですが)。
Whatever I say seems to irritate him.でやると「私が言う何でもが彼を苛立たせるようだ」が「厳密な直訳」で、「私が言うことは何でも、彼を苛立たせるようだ」が「滑らかにした直訳」です。
複合関係形容詞のwhateverだと、She gave me whatever help I needed.を「彼女は、私が必要とするどんな援助も、私に与えてくれた」と訳すのが「厳密な直訳」で、「彼女は、私が必要とする援助はどんな援助も、私に与えてくれた」と訳すのが「滑らかにした直訳」です。要するに「こと・ものは」「~は」を挟むか挟まないかというだけの違いです。
whateverについては『黄リー教』p.338 17-9-1 「whoeverとwhatever」を参照。
The future’s not ours to seeについては『黄リー教』p.36, 39, 292(タイプ2)を参照。
Whatever is, is right.は『学校で教えてくれない英文法』No.55 p.158で詳しく解説しています。

私家版 戦前入試問題で学ぶ英文解釈(番外2 やや難)2020年12月24日 |
“I’m sorry.” For days that’s been about all Japan has heard from its Olympic athletes.
(執筆者ヒント)Today, all beauty requires is cash ― and Asians are blowing it on surgery at an unprecedented rate.
(和訳)「すみません」 何日もの間、日本人がオリンピック選手から聞いたのは、大方そんな言葉ばかりだった。
(ヒントの和訳)今では、金さえあれば美しくなれる。アジア人はかつてないほどの勢いで美容整形に金をつぎ込んでいる。
thatは“I’m sorry.”という言葉を指します。that’sはthat hasの短縮形です。aboutは「だいたい、ほとんど」という意味の副詞です。この意味のaboutは数量を表す名詞・代名詞を修飾できます。ここではallにかかっています。allは「すべて」という意味の代名詞で、beenの補語です。
allとJapanの間に、heardの目的語になる関係代名詞のthatが省略されています。Japan has heard from its Olympic athletesは形容詞節でallにかかっています。
Japanは「日本」という国ですが、これはmetonymy(換喩)で、事柄としてはJapanese(日本人)を表しています。桜田門が警視庁、永田町が国会、霞が関が官庁を表すようなものです。直訳すると「何日もの間、これは日本人が自国のオリンピック選手から聞くほとんどすべて(の言葉)だった」となります。
ヒントの英文は、allとbeautyの間に、requiredの目的語になる関係代名詞のthatが省略されています。beauty requiredは形容詞節でallにかかっています。直訳すると「美が必要とするすべては金である」となります。「blow 金 on …」で「…に金をつぎ込む、浪費する」という意味です。itはcashを指しています。surgeryは「外科手術」ですが、ここでは「美容整形手術」の意味です。at an unprecedented rateは「前例のない割合で→かつてないほどの勢いで」という意味でare blowingにかかります。
All S+V is X.(SがVするすべてのこと・ものはXだ)X is all S+V.(XはSがVするすべてのこと・ものだ)は「SがVすること・ものはXだけだ」「XだけがSがVすること・ものだ」のように和訳することが多いです。たとえばIt was all he could do not to fall asleep.は「眠り込まないことが、彼ができるすべてのことだった」が直訳ですが「眠り込まないことだけが、彼ができることだった→彼は眠らないでいるのが精一杯だった」と和訳します。あるいはItが前に出てきたものを指しているときは「それは、眠り込まないために彼ができるすべてのことだった」が直訳ですが、「それだけが、眠り込まないために彼ができることだった」と和訳します。

It was all he could do not to fall asleep.については『黄リー教』p.382参照
私家版 戦前入試問題で学ぶ英文解釈(番外1 難)2020年12月24日 |
― Lionel Messi
(全訳)もし僕が100万年プレイしても、マラドーナの足元にも及ばないだろう。もっとも、どのみち僕はマラドーナに近づきたいなんて大それた望みは持ってないけどね。彼はこれまでで最も偉大なプレイヤーなんだ。 リオネル・メッシ
仮定法過去の基本の形は「If S 過去形の動詞, S 過去形の助動詞 原形の動詞」です。第1文はこの形で「(僕が100万年プレイすることはありえないけど)仮に100万年プレイしたとしても、僕はマラドーナに近づくことすら決してないだろう」という意味です。
第2文は後回しにして、第3文を説明しましょう。the greatestはthe greatest playerの意味です。there’s はthere hasの短縮形です。there’s ever been(これまでに存在した)は形容詞節でthe greatestにかかります。ここは第2回で解説した「主格の関係代名詞の省略(その1)関係代名詞がthere is構文の主語になっている場合」です。the greatest there’s ever beenは「これまでに存在した最も偉大な選手」という意味で、beenの主語になる関係代名詞のthatがthereの前に省略されています。
自分が「何かあること」を言います。そのとき、仮にその「あること」が逆だとしても、S+Vではないので、それ(=逆であること)に何の意味もない場合は、その事情(=S+Vではないこと)を「もっとも、どのみちS+Vじゃない(から、今言ったことが逆だとしても意味ない)けどね」と言います。これをNot that S+V anyway.と言うのです。このanywayは「いずれにしても、どのみち、結局のところ」という意味で、S+Vではなくて、Not that S+Vにかかっています。
たとえば「彼は僕をパーティに招待してくれなかった」と言います。そのとき、仮に逆だとしても(=彼がパーティに招待してくれたとしても)、用事があって出席できなかったとしたら、それ(=彼がパーティに招待してくれたこと)は何の意味もありません。そういう場合には「もっとも、どのみち行けなかった(から、招待してくれても意味なかった)けどね」と言います。これを英語で言うと次のようになります。
He didn’t invite me to the party. Not that I would have been able to go anyway.
would have beenは仮定法過去完了の帰結の形です。そこで、それを表に出して全体を直訳すると「彼は僕をパーティに招待してくれなかった。もっとも、どのみち(仮に招待してくれたとしたら)行けたことだったろうになあってわけではない(から、招待してくれても意味なかった)けどね」となります。
第2文はこの表現です。I’d want toはI would want to come close to Maradonaの省略形です。このように原形動詞が省略されてtoだけが残った不定詞は「代不定詞」と呼ばれます。I would wantはI wantを婉曲・丁寧にした表現です。メッシはマラドーナに近づきたいなどという大それた望みを持っていません。ですから、仮に前文で言ったことが逆になったとしても(=100万年プレイしてマラドーナに多少近づいたとしても)何の意味もありません。そこで「もっとも、どのみち僕はマラドーナに近づくなんて大それたことは(てんから)望んでない(からマラドーナに多少近づけるとしても意味ない)けどね」と言ったのです。anywayはいかにもI’d want toにかかっているように見えますが、本当はNot that I’d want toにかかっているのです。
